バーチャロンの設定の歴史(Virtual Centuryより重要と思われる部分のみを引用)
http://www.occn.zaq.ne.jp/vc/index3.htm
なお、Virtual CenturyのこのURLの内容は公式バーチャロン書籍からの引用となっている。
SFによる未来予測としては政治的な考察が飛び抜けている本作品の「設定」を、筆者による注釈を交えながら紹介する。ちなみに、私はバーチャロンMarzで階級が特佐という事になっている。秋葉原では2年前でおよそ勝率50パーセント。
以下、上記URLとそのリンク先から引用・注釈・考察
ここではバーチャロンの世界での歴史、電脳暦について解説していきます。
これは、セガがオフィシャルで公開している設定本、雑誌掲載記事などから選り抜き、編集したものです。
以下がその資料となっています。
●ソフトバンク刊 バーチャロン解説本「スキマティック」
●ソフトバンク刊 「DreamCast Magazin」連載記事「真実の璧」
●月刊ホビージャパン連載記事「One-Man Rescue」
より詳しく世界観、映像資料などをお知りになりたい方は、上記を買い求める事をお勧めします。
筆者注※最後に重要な考察があります。
時代は電脳暦V.C.(virtual century)へと更新された。地球圏は巨大な企業国家群によって支配されるようになり政治的にも、文化的にも「中世的停滞期」ともいえる混濁した迷走状態を呈していた
人類の宇宙進出に限界が到来した。地球圏という限られた生活空間に生きることを受け入れた人々は、企業国家と呼ばれる曖昧だが強固なシステムが支配し限定戦争という「娯楽性の高い戦争」が行われる世界で、日々の安寧と倦怠を享受していた…
人々は自らの可能性の限界に気づき、有限の生活圏の中で生きざるを得ない自らの運命を受け入れたのである。
■企業国家の誕生
現在のような形での「国家」というものは殆ど存在しなくなっている。とは言っても、平和的な世界統一が為されたわけではない。
世界的なネットワーク化が進み、それに依存するコミュニケーション・ツールも飛躍的進化を遂げた電脳暦の社会。そこでは、人々のコミュニケーションは距離という物理的制約に縛られることが無くなった。そのため、従来の意味での帰属意識はますます希薄となり、「国土」のような空問的概念に基づく国家形態は次第に無意味なものとなった。
その一方で、人々の生活はハイパー・コンテンツ・プロパイダーと呼ばれる各種の巨大多国籍企業に依存するようになっていた。円滑で大量の情報交換を可能とするネットワークによる利便性を提供する彼ら。その支配カは日毎に高まり、国家行政機構が事態の重大性に気づいて彼らの統制に乗り出そうとしたとき、既に状況の趨勢は決していた。
多少の小競り合いはあったものの大勢は変わらず、やがて旧来の国家行政機構は自らの職務を放棄した。ここに、ハイパー・コンテンツ・プ口バイダーを母体とした「企業国家」と呼ぱれる奇妙な国家形態が誕生することになった。
明確な国境を持たず、ネットワークの接続と断絶によって逐一その勢力範囲を変化させていく実体を持たない国家。人々の日常生活の水準そのものは現在とさして変わらぬ状況にありながら、その根本を支える社会構造は大きく変わっていった。
■失われる国境線
企業国家の台頭は、電脳暦において進行した社会構造の変化の流れにおいて一つの大きな局面を形成する。それは長期にわたって進行した緩やかな変化ではあったが、結果として極めて特殊な状況を生み出すことになった。
明確な国境線を矢ったとき、人々の心からは物理的基盤を持つ理念(或いは手段)としてのナショナリズムや民族意識のようなものが希薄になった。だが、それらは一つのアイデンティティ確認手段としての機能を保ち続け、人々の心の奥底に深く根付いていた。確かにこの手の意識は、過剰なエゴと結びつけば弊害となるが、その一方で社会組織の活性化、モーティべーションの維持、という意味では有効だったのである。
この結果、旧来の国家行政機構は明確な施政対象を失いはしたものの、そういった人々の精神的帰属意識の拠り所として機能することにその存在意義を見出すこととなった。
かつての有力国家の首都は聖地となり、類型的意味における宗教的理念の発信地として無視できない影響カを維持するものも少なくなかった。
■CLOSED CIRCUIT 〜閉塞する地球圏〜
電脳暦草創期において伝説的な成功を収めた幾ばくかの家系や人脈の中には、"Overload"なる俗称で呼ばれる、ある種の超法規的特権階級とでも言うべき地位を確立した人々もいる(※2)。彼らは企業国家の有カ株主であり、それは大抵の場合復数にまたがっていたので、メタ国家的行動を可能としていた。彼らが時折見せる気まぐれな振る舞いは、しぱしば企業国家の利害と対立して様々なトラブルを生み出した。
また、このような特権階級に属さない人々は、自らの所属する組織に対応した新しい並列階級システムを形成するようになっていく。例えば、0プラント(後述)に代表されるようなテクノクラートの集合体は、企業国家内でも隠然たる力をもつ自治組織(※3)として認知されていった。
ここに、いわゆる主意識を伴う流動的主体関係に代表される多元主義が形成されて権国家システムが決定的な終焉を迎え、その一方で複雑な帰属いく時代的趨勢が決定的になった。
一方、大多数の人やはそれなりの安楽な生活を保証されていた。肉体的に負担がかかる労働は、すべて機械(アンドロイド等を含む)、ないしは使役生物(※4)によって代行されるようになったのである。だが、それでいて彼らの生活の本質的な部分が現在とさほどかわらない段階に留まっている、という事実は無視できない。
概ね、電脳暦の社会ではすべてが商業ペースで進行するようになっており、汎世界(地球圏)的経済相互依存システムが固定化され、人々の精神レべル、生活意識は次第に淀んだものとなった。そして、政治的にも文化的にも「中世的停滞期」ともいえる混濁した迷走状態を呈するようになっていくのである(※5)。
※2
Overloadの中には、明らかに人間の範疇を超えてしまった存在もあるらしい。例えば、ある企業がイメージキャラとして製作した擬似人格が、渉外業務用インターフェイスとして用いられる事がある。この時、「人間ではない」ことに先方が気づかす(或いは気にとめず)に、様々な取引が行われるケースが少なからずあった。やがて、定型化され契約書フォームに付随する諸権益が累積し、法律上これを「人間」と称しても支障がないレべルまで義務と権利が整合性あるシステムとして成立してしまう場合もあった。
時代が電脳暦に更新された後、これら法規的に「人間」と見なされない存在に対する権利は、著しく制限されるようになった。しかし、彼らがそれ以前に得ていた諸権利については、所得権として黙認される場合が多く、人間的な実態を持つものとしての把握が困難な存在が、社会的に許容される余地が生じていた。
※5
電脳暦において一般に言われるようになる「中世的停滞」とは、すべての活動が不活発化した「静の世界」といった趣のものではない。人々の活性は現在、或いはそれ以上のレべルで発揮されていたのである。
過剰なまでに活発な商業活動はありとあらゆるものの商品化を促した。行政、立法、そして戦争。或いは価値観、理念といった抽象的概念までもが様々な形で商品化されていった。こういった面においては、人々は確かに高い活力を示していたのである。
しかし、消費対象物として相対化した価値観は、最早真の意味での機能を失ってしまっていた。人々はあらゆるものを〜精神的活動をも〜消費することで購い、自らのために創造する意志と意欲を失った。消費への慢性的飢餓感は、ある重要な側面において思考する余裕を失わせてしまったのである。これが「V.C.における中世的停滞」と呼ばれる混濁した迷走状態の根本要因である、とするスルーオ博士の説は賛否両論ありながらも一般に受け入れられている感がある。
■パンドラの箱[月面遺跡]
V.C.0084年
閉塞する地球圏に一つの転機が訪れる。企業国家のひとつ、D.N.社が月面での資源探査中に既存の科学技術レベルを遥かに超えた高度文明の遺産である「遺跡」を発見したのだ。D.N.社最高幹部会は「遺跡」のオーバー・テクノロジーを秘匿、これを独占することによって、他の地球圏企業国家群の競合勢力に対して優位を確保することを画策した。
■それでいて、とてもおそろしい…
「…そこ(クリスタル内)には、ある種の意識の存在さえ感じられた(※4)…それは、こちらに対して…なんらかの精神拘束を受けて手も足も出なくなっている自分に対して、無意識旦つ好奇心旺盛な態度で接し…いや、本質的にはもっと違う感じなんだが、適当な言葉が見あたらない …とにかく、極めて手荒に弄ぶ。こちらには為す術がない。
…そうこうする内に、いきなりアレが現れる。目の前に自分の分身が出現するんだ。最初は…かなり不気味な感じだ。なぜって、それは容姿に関しても、精神的にもおそろしく不完全で
…つまり、自分自身の内面のある一部を抽出して、増幅・ディフォルメしたような…そんな異様な分身で。
… 問題はそれからなんだ。いきなり周囲の空間が突拍子のない速度で変化し続ける。ヤツはこちらの事情にお構いなく、猛烈な速度で同時に桟々なシチュエーションを提示してくる…。単純なものから、幼少時のトラウマをえぐり出してくるような不快なものまで…こちらはあらがうこともままならず無防備で、そして、剥きだしの感情のうねりが逐次モニタリンクされていく。そのうち…分身が、徐々に正確さを増して行くんだ。
次第にこちらと同じような姿で同じように笑い、苦しみ、悲しみ、憎み…
いや、ちょっと違う。ヤツは、例えば本当の意味で喜怒哀楽を表現している訳じゃない、と思う。少なくとも要素単体では笑うべき時、少なくとも自分ならそうするとき、確かにヤツも笑う。でも、それは「笑い」じゃない。なにか…上手く表現できないが…別の奇妙な表情をするんだ。おかしな挙動を示すんだ。しかし、ヤツの発している感情、ヤツの演じている容姿…つまり諸要素は、それらが組合わさって機能し始めたとき、こちらの、人問としての自分と同じような、矛盾のない自分自身を形成するシステムとしてのパフォーマンスが演じられ、磨き上げられていくんだ。
…そして高速展開する雑多なシチュエーション下、寸分違わぬ複製が形成されていく。その様を見せつけられていく。やがで、ヤツはこちらを見つめかえす。非なる自分自身が、自分自身を、こちらを見つめかえしてくる。そしてその時には…最早自分には、どちらが本当の自分なのかわからない。というより、どちらも本当の自分であることを知っている、と言うべきか…
もう既にその時には、自分の意識は無数に存在する自分自身のなかを同時にさまよい、彼らを超視点で見つめている。危険なんだ、自分が放散していくのがわかる。緩やかに拡散していくのがわかる。しかも本当は危険でもなんでもなくて、実は自分が本当に求めていたのはこれだった、ということがわかってくる。それでいて、とてもおそろしい…
(患者#0162の証言より)
■Virtual On
クリスタルが、何の目的でこのような精神イミュレートを行うのかについては皆目見当がつかなかった。
発掘現場のスタッフは、この精神干渉作用によって引き起こされる現象を、ある種の畏れをもって"virtual on"と呼ぶようになった。そして、バーチャロン現象を引き起こすくだんの結晶体にはV.クリスタルという名称が冠せられた。V.クリスタルは、人間の精神を触媒とし、これと接触することによって活性状態に移行する。この時生じるのがバーチャロン現象なのである。
被害者の中には例外的な人間もいた。「意識喪失→回復」というシーケンスを経た後、なんら後遺症を伴わない者がいたのである。彼らの証言によって、この奇怪な現象に巻き込まれた者が無事に切り抜けるためには、クリスタルの発する固有の波動にに同調、なおかつそれと一体化することなく(※5)自律的に変調できる調律能力を有している必要があること判明した。
同調・調律能カのある者は「バーチャロン適性(Virtual-on Positive)の高い者」と呼ばれるようになった(※6)。
■異空間への門 ムーン・ゲート
V・クリスタルによるバーチャロン現象の発見は一つの端緒となった。一連の調査研究の結果、おぼろげながら遺跡本来の機能が判明してきたのである。追跡内に固定されたV.クリスタルは、「電脳虚数空間(※1)」とでも呼ぶべき極めて異質な空間への出入を可能とする特異点・ゲートフィールド(※2)を形成する存在であった。結晶体の活性レべルが閾値を越えると、異空間への入り口「ゲートフィールド」が開かれる。そして、追跡自体はV.クリスタルの活性化を増幅する機能を持っているのだった。独特の円筒構造は、内部にゲート・フィールドを形成する為に最適化された形状だったのである。
その後遺跡は「ムーンゲート」と呼ばれるようになっていく。ムーンゲートと同様の構造と役割を持つ遺跡は、おそらく他にも多数存在している可能性があったし、その構造特性から見て遺跡間では何らかの転送活動が行われていたことが予想された。現状では、V.クリスタル自体が半休眠状態にあって活性レべルを落としており、本采の機能は発規し得ない(※3)。しかし、その機能をうまく再生・制御することができれば、電脳虚数空問を介してゲート間での物質転送等の様々な利用法が可能になるかもしれなかった。
DN社は、自らが非常に大きなビジネスチャンスを手にしたことを知ったのである。
■0プラントの設立〜難航するムーンゲート解析調査
DN社の意志決定機関である最高幹部会は、ムーンゲートから発見されるオーバーテクノロジー(以降、0T)の一切を秘匿するよう指示した(※4)。これを独占・実用化することによって、他の競合勢力に対して優位な立場に立とうとしたのである。V.C.86年、彼らはムーンゲート復旧を大目的とした0T解析専門の秘密研究施設の設立を決定した。後世、「0プラント(※5)」と呼ばれるようになるこの施設には莫大な予算が投入され、最新鋭の設備と最優秀の研究者(※6)が集められ、日夜精カ的な研究活動が行われた。
勿論、得られた知識を実用レべルに練成していく作業は容易なものではなかった。ムーンゲートの機能を回復させるためにはV.クリスタルの機能回復が必須であるが、そのための基礎理論構築に必要とされる電脳虚数空間(以降、C.I.S.)の解析調査が思うように進展していなかったのである。
人問が存在する実空問とC.I.S.とでは、事象の存在形式が異なる。異空間への事象転送時、V.クリスタルは転送先空間に適合するように、転送対象となる事象データをコンバートしていることが理論的に予測された。コンバート機能の把握は重要な課題だったが、これには C.I.S.への正確な認識が必須だった。しかし、バーチャロン現象の発見が発端となってその存在が確認された初期のC.I.S.は、その後、V.クリスタルの不活性(休眠)状態」という、イレギュラーな条件下で形成される非常に不安定なタイプであることが判明した。真に知るべきなのは一般C.I.S.なのだが、これは完生活住状態下のV.クリスタルを介してのみ観測可能だった。何とかしてV.クりスタルを活性化させなくては一般C.I.S.に対応で音る理論構築ができない。だが上述の通り、0プラントの目的はV.クリスタルの活性コントロ—ルであり、そのためにC.I.S.解析が必要とされたのである。
研究活動は堂々めぐりの様相を呈し、行き詰まっていた。
■禁断の発見
V.C.0092年
あまりにも偶然的、且つ革新的な発見があった。
『V.コンバータの自己再構成に伴うリバース・コンバート現象』
だがその発見は人類が犯した過ちの一つなのかもしれない…
■リバース・コンバート
V.C.91年の第3回起動実験の失敗以降、0プラントは一つのアイディアを暖めつづけていた。彼らは、V.コンバータ単体によるC.I.S.突入の可能性を検討していたのである。確かに、人間が見よう見まねで作ったV.コンバータよりは、BBBユニットの方がずっとポテンシャルが高い。とは言え、扱いづらい危険物よりは、多少なりとも勝手のわかっているものの方が安全面でメリットが大きい。彼らは「C.I.S.突入艇(※1)」と称する奇妙なユニットを作り、地道な研究活動を始めた。めざましい進展は得られなかったが、関係者はそれほど気に病んではいなかった。彼らは自分たちの能力と可能性に絶対の自信を持っていたのである。だが、資金面の問題は深刻で、V.C.92年に入ると、予算が底を尽いた。彼らは、実験用の新規V.ディスクの原材料となる、クリスタル質採掘費用にも事欠くようになってしまったのである(※2)。
そんなある日、一人の研究者が「取りこんで(※3)」廃棄処分に指定されたV.コンバータの再利用法を探ろうと思い立った。彼はコンバータを解体してV.ディスク部分を回収し、これに2次情報を付加、新規コンバータユニット用ボックス・フレームにセットしてみた。最初は何も起きなかった。そこで、段階的にかける負荷を大きくしてみた。通常負荷の3倍近い出力を注ぎ込んだとき、奇跡が起きた。V.コンバータは突然高活性化状態に移行し、激しい自律放熱反応を伴いながら自らの周囲に奇妙な構造物を実体化させたのである。研究員は突然の事態に驚愕しつつも、虚空から出現したものが何であるかを知っていた。それは、BBBユニット第2次起動実験の際、試作3号機に用いられた仮設コクピットだったのである。それは、彼が戯れにV.ディスクに付加した、コクピットの構造データを元にしていた。
「V.ディスクに適切な情報を付加してボックス・フレームに組み込むと、V.コンバータはそれに対応する物体を自らの周囲に実体化させつつ、自己再構成を行う!」
人々は、これをV.コンバータの自己再構成に伴うリバース・コンバート現象、略してリバース・コンバート、と呼んだ。
実体化したコクピット自体は、数時間後に崩壊、消失したものの、この実験結果が人々に与えた衝撃は大きかった。現象発生の因果関係は不明だが、これは何かに「使える」のではないだろうか?望むものをV.ディスクに書き込みさえすれば、どんなものでも手に入るということではないのか?
※3
「取りこむ」とは、V.コンバータが自らのオペレーターの全精神を吸収してしまうことを言う。
原因はたいていの場合、M.S.B.S.によるV.コンバータの制御の失敗である。つまり、人為的な重度のバーチャロン現象なのである。取り込まれた人間の意識は、極めて不完全なコンバート状態のままV.コンバータの形成するC.I.S.内にシフトされるため、大抵の場合ごく短時間の内に崩壊してしまう。基本的に、いったん取りこまれてしまったら被害者の救出は不可能である。当時のM.S.B.S.ver.1シリーズは誤動作が多く、しばしばV.コンバータの過剰動作を招来したため、このような事故が頻発した。
■M.S.B.S.ver.2シリーズ開発
勿論、事実はそこまで安易なものではなかった。まず、使用するV.ディスクは「取りこんだ」ものでなければならなかった。
当然、一つのものをリバース・コンバートする毎に一人の人命を犠牲にするわけには行かなかったから、「V.コンバータ=便利な宝箱」幻想は早々に霧散した。また、あまりにも「無茶」なデータには反応しなかった。この世に存在し得ないような組成の物質を実体化することは出来なかったし、例えば「ブラックホール」といった大仰なものを生成させるには、V.コンバータのキャパシティ自体が小さすぎた。また、リバース・コンバート時にかける負荷が小さいと、折角実体化した物体が実空間で安定せず、すぐに消失してしまうのだった。
解析調査が進む内に、使用するV.ディスクに関しては解決策が見出された。「取りこんだ」V.ディスクとは、客観的に見れば人間の精神によって加工されたもの、つまり「マインド・フォーマット」が施されたものだったのである。V.ディスクのマインドフォーマットに関する方法論は比較的短期間の内に見出され、これを基に新しいM.S.B.S.の開発が始まった。いわゆるM.S.B.S.ver.2シリーズである。
しかし、リバース・コンバート可能な対象物は逆に限定されていった。そもそもM.S.B.S.は、かつてXMUプロジェクトで計画されていた人型戦闘ロボットの制御OSとして開発されたものである。極限にまで最適化されたシステムは、戦闘兵器以外のものへの適合性に乏しかった。V.コンバータがM.S.B.S.によって制御される限り、兵器以外の、更に言えば戦闘ロボット以外のデータがV.コンバータに書き込まれても、リバース・コンバートが可能なレベルの活性化を導き出すことは困難だったのである。
筆者注※戦闘用バーチャロイドがどれも、ロボットであるにも関わらず肩で息をするような人間的な仕草を見せるのは、このためと推測できる。
■限定戦争
ポスト工業化時代、ポスト産業時代の発展延長型である電脳暦の社会では、物理的破壊力の衝突という意味のもとで進行する戦争は、既にナンセンスなものとなっていた。自らの可能性の限界を知り、限りある地球圏にひしめき合うように生活する事を運命づけられた人類は、互いを潰しあう従来の戦闘システムを放棄したのである。いわゆる情報系軍事革命は、決して型どおりに進行したわけでも理想的な形で集結したわけでもなかった。しかし、兵器の物理的衝突を伴う類の戦闘、及びそれに準ずる行為は、その本質的な機能と役割の大部分を高度にシステム化されたインフォメーション・ウォーに明け渡していたのである。
とは言え、「スタイル」としての物理的戦争、闘争への欲求と需要は根強く、人々は自らが放棄したものに対する代価物を求めた。その結果、共存闘争を旨とする「限定戦争」という概念が提出された。人々はこれをシステム化し、政治的、経済的、文化的に破綻無く成立するように社会に組み込んだ。やがて、限定戦争が持つ多種多様な機能、つまり経済活性化作用、文化的刺激、政治的宣伝パフォーマンス、果ては賽子に任せる運命決定手段(要はお遊び)…といったものは、何物にも代え難いと評価されるようになった。
■アンベルⅣ来る
我々はここで—人の強烈な個性の持ち主に出会うことになる。
彼の名はディフューズ・アルフレート・ド・アンベルIV(※1)。アンベル家14代目の若き当主であり、その悪名高き我侭ぶりと気まぐれさで社会を翻弄するOverloadの一員だった。
[デュフューズ・アルフレート・ド・アンべルIV]
アンベルⅣ Overloadが人前にその存在を明らかにするのは極めて珍しいことである。DN社は彼の言動に翻弄され、最終的には手痛い損失を被ることになる。
彼は風のように現れた。V.C.91年、やんごとなき身であるはずの人間が、いきなりDN社R&Dグループ(※2)の一相談役として参画してきたのである。そしてV.プロジェクトに関して、その方法論の矛盾とシステム的不備を指摘した36項目の意見書を提出し、即時中止を説き始めたのだった。文中、彼は最大の問題点として「大場砲」の存在と機能について述べている。
「ムーンゲートは、いつとも知れぬ過去に何者かによって生み出された未知の構造物である。私は、自らの所有する独自の調査手段を用いて、同様の構造物が月だけではなく、太陽系の各所にまんべんなく配置されていることを確認している。
これら過去の遺物はその活動を停止して久しく、いわば休眠状態にある。だが、ひとたびこれらが覚醒状態に移行して、その本来の機能を発揮できるようになった場合、地球圏は未曾有の危機に陥ることになる。ゲート群が形成するゲート・フィールドは、相互に連関して太陽に作用し、その全エネルギーを太陽系外へと射出するように動作するであろう。
遺跡の創造主にとって、それが兵器として何らかの用法をもっていたのかどうかは不明である。しかし、想像を絶するエネルギーの放出を可能とするこの機構を、私は敢えて「太陽砲」と呼びたい。
V.プロジェクトによってV.クリスタルの制御を試みることは、ムーンゲートの覚醒を促す。ムーンゲートの覚醒は、太陽砲の起動を促す。そして、太陽砲の起動は、人類破滅への引き金となる。自らの行いによって招来される結果に対して確たる対応策が無い場合、それは実行されるぺきではない。」
しかし、V.プロジェクトは当時のDN社最重要プロジェクトだったので、彼の意見が容れられることはなかった。しかし直後に行われた第3回起動実験は失敗に終わり、最高幹部会は彼の話に耳を傾けるようになった。彼らはムーンゲート復旧作業への意欲を矢い、かわってVRの商品化に全社的プライオリティをおくようになった。
※1
多分に秘密主義的色合いの濃いDN社に於いて、一個人の固有名詞が露出することは大変珍しい。最高幹部会の幹部、そして彼らを統括する会長は、基本的にその任についた時点で自らに関するデータを隠蔽する。彼らは互いに互いが何者であるかを知らない。互いを呼称するときは、代々定められた固有代名詞を用いていた。アンベルⅣがこの規定をあっさりと無視して自分の名前を公然とした事実は幹部会の顰蹙を買い、社内裁判所への起訴が行われた。しかし、彼は社内裁判所の唯一の代表権を持っていたので、逆に社内超法規的規約を履行して自らの特例を押し通してしまった。幹部会は、Overloadのわがままに真正面からぶつかったところで何のメリットも無いことを再確認することになった。その後、彼の不可解旦つ突飛な行動はOverload特有の「お遊び」であるという見解に達した幹部会は、それがDN社の業務に支障を来さないものである限り黙認する方針をとった。
※2
DN社傘下の技術開発関連メーカー、企業の集合組織。
■謎の行動
V.C.92年に最高幹部会の一員となった後のアンぺルⅣの言動は、少なからす一貫性に欠けていた(※3)。
まず、0プラントの強大化を批判した。ややあって、突然M.S.B.S.の開発元であるS.E.社と供給元であるG.A.社を買収した。この件に関しては事前に通告が無く、幹部会は仰天したものの、さして大きな問題にはならなかった。V.C.94年には、XMU-04とXMU-05の開発続行を提案して0プラントを擁護しながら、TRV-06以降の戦闘VR開発業務からは同プラントの除外を提案した。V.C.97年、彼は電光石火の早業でプラント管理会社を設立した。この結果、DN社内における戦闘VRの開発管理は、彼が一手に担うようになった。この時点で、彼のDN社内に於ける肩書きは R&Dグループ・プラント開発管理局長官となった。
アンべルⅣのOverload特有の怜悧な言動と退嬰的な風情はDN社内では決して評判の良いものではなかった(※4)。しかし、彼が有する天文学的資金力と気まぐれさは1種の脅威であり、最高幹部会も迂闊に手を出すことはできなかった。
彼が最高幹部会における地位を不動としたのは、V.C.9a年彼が立案、実行に移したVR-014捕獲機動作戦に伴う一連の非公開実験(※5)での成果に拠るところが大きい。この時の実験で、彼は統括下のプラントが開発していたマシンチャイルドの実用性の証明、及ぴM.S.B.S.ver.3の応用面での可能性についての実証、といった業績をあげた。
また、VR-014をC.l.S.へと一時的に封印した。彼は向こう8年間は彼女が実体化できないであろう事を証明した(※6)。これらの功績によって、最高幹部会は彼の実力を認めざるを得なかった。V.C.9b年、彼はV.プロジェクト(※7)の最高責任者として、最高幹部会会長に次ぐ権限を与えられたのである。彼は懸案であった9大プラントの設営・稼働に全力を注ぎ、V.C.aO年のVR一般販売実現に向けて何の問題も無いことを強く印象づけた。
※3
或いは、欠けているように見えた。
※4
アンベルⅣとDNAとの不仲は最高幹部会内ではつとに有名だった。
※5
この時行われた実験結果の内容を把握していたのは、最高幹部会に属する者のみであった。
※6
実際にはそうならなかった。オリジナル・フェイ・イェンはV.C.9fに再度その存在が実空問で確認されている。
■プラント売却
「ムーンゲートの覚醒(めざめ)は目前に
博士は太陽砲の起動を我々に
私は最適のステージを人々に
物語は劇的、旦つ雄大に…」
V.C.9f年も残すところあと10数時間、すなわちV.プロジェクト(※7)発動を目前に控えた時点で、事件が発生した。アンベルⅣが上のような辞表(※8)を提出してDN社を去ってしまったのである(※9)。幹部会は、当初これが辞表であるとは気づかなかったため(※10)、対応が遅れた。そして彼の言わんとするところを理解したときにはすべてが手遅れになっていた。あろうことか、アンベルⅣは、彼が設営・稼働に全力を注いできた9つのプラントを、独断で一斉売却してしまったのである。しかも破格の安値で!(※11)。
この時点で、VRの存在は公然のものとなり、結果、DN社はVRの商品価値の大部分を喪失した。V.プロジェクトの遂行は不可能になってしまったのである。社内の業務は各所で滞り、情報は錯綜し、企業国家としての機能は麻痺した。最高幹部会直轄の情報管理機構は、データ不足による不確実性を前提としつつも、このままの状況がなんら収束せずにあと48時間持続すれば、DN社は99.99%の確率で倒産・解体するであろう旨を予告した。この予告は瞬く間に社内を駆けめぐり、大混乱になった。企業国家・DN社は、その成立以来例を見ない未曾有の窮地に立たされたのである。
それにしても、アンベルⅣの意図するところは一体何だったのだろうか?
最高幹部会は事態の深刻さに慄然とする一方、彼の不可解な行動に当惑していた。アンべル長官は、幾重にも張りめぐされた内部監査システムの網の目をくぐり抜け、すべての検索可能なデータを改竄し、すべての業務上の取引を自らの思うままに破綻無く進めていた。完璧な手腕である。だが、これによって彼自身に何らかのメリットが期待できる可能性は、まったく無い。確かに、彼の周囲にはDN社外の外部組織との接触を裏付ける数々の証拠があがっていた。
だが、Overloadを裏取引で動かすことは至難の技である。なぜなら、彼らには、彼ら以上に価値あるものなど存在しないのだから。自らの身を危険に晒してまで、このような大胆不敵な行動をとるに値する取引が成立する可能性など、限りなく0に近い。そしてそう思うからこそ、最高幹部会も彼のイレギュラーな行動には目をつぶってきたのだが…。
※7
この場合のV.プロジェクトとは、VR販売計画のことである。
※8
アンベルⅣ辞表の文中、「博士」とあるのはおそらくプラジナー博士の事をさすものと思われる。文面から察するに、アンベル長官はプラジナー博士の研究内容について何らかの知識を有しており、それは「太陽砲」と何らかの関連があるものと解釈していたようである。
※9
現れたときと同様に、風のごとく去っていった、と伝えられている。
※10
当然である。何の脈絡もなくこのような気妙な詩を示されて、即座に事情が分かる方がかえって奇妙である。とは言え、アンベルⅣ詩作嗜好はつとに有名で、最高幹部会は会議の席上で頻繁に詠じられる彼の意味不明の詩に常にうんざりさせられていた(中には、彼がそれを詩のつもりで詠じている、ということに気づかない強者もいたのだが…)。今回もその悪癖の発作が出たと解釈され、本意の把握が遅れたのである。
※11
第7プラントなどは、無料抽選で500年の貸与権がもらえることになっていた!
■プロジェクト挫折
アンベル長官の辞表提出から4時間後〜それはプラントの売却が発覚してから3時間後でもあったが〜最高幹部会会長宛の時限メイルが開封された。差出人は長官であった。内容は、例によって意味不明の詩歌が大半を占めていたが、追伸として以下のような記述が見られた。
「…DN社内で過ごした数年間は、私の人生の中でも特筆すべき、充実した内容を含んでいる。無上の感謝を捧げよう。諸君のおかげで、私は触媒としての行いを全うできたのだから。…とは言いつつも、私には不思議に思われ、そして驚きを隠せなかった事がある。それは、周囲の者が誰—人として、私(のDN社内での行い)を止めようとはしなかったことだ。」
意味深な文章だった。彼については、その後も様々な調査や憶測がなされたが、どれも確固たる解答を引き出しているものはない。最大の疑念の一つとして、「彼は(人間として)本当に存在したのか?」というものがある。その姿は、映像を含めて様々なメディアを介して認識できるのみで、最高幹部会内でも彼と直接顔を合わせたことのある人間は皆無だったのである。人々は、今更ながらにOverloadの超的存在感(※12)と不可解な行動基準に困惑し、また、アンベル家の出自について、その伝説的な物語(※13)に思いを馳せることになった。
筆者注※「触媒としての行い」という部分が引っかかる。C.I.S.には何らかの意思を持つものが居て、その意思を代行する一人がOverLoadのアンベルⅣだったのだろうと推測される。また、こういった「触媒としての行い」は、後にバーチャロンMarzにおいて「ダイモン」として描かれている。
アンベルⅣもOverloadである以上、「人間」ではない可能性があることになる。但し、彼がその手の存在だったのか否かについての確証は、現在に至るまで見出されていない。
■ムーンゲートの覚醒
DN 社がそれまで順調に進めてきたVR販売計画「V.プロジェクト」は、V.C.9f年12月31日に発覚したアンベルIVの造反によって破綻した。9つのプラントの対外売却は、VRの存在を世に知らしめることになった。全世界からは、DN社へ問い合わせ、告訴、捜査通告、脅迫の類が殺到し、同社は企業国家成立以来初めての対応不可能な状態に陥った。さらに同社は48時間以内に倒産する見通しが高まり、社内は混乱の極に達する。事態を収拾に努める最高幹部会の活動はあまり効果的とはいえず、この間、末端組織の独断行動が横行した。特に、DNAによる第4プラント奪回行動は致命的だった。彼らは未知の遺跡を発見し、その内部に突入したものの、結局クリスタルの精神干渉作用によって壊滅してしまうのである。そして、これに呼応するかのように(※1)、V.C.a0年1日1日0時0分00秒、最高幹部会に「ムーンゲート覚醒」の報が入った。
それは、状況掌握に奔走する最高幹部会の悪戦苦闘ぶりをあざ笑うかのような悪夢であった。ムーンゲート内のV.クリスタルは異様な輝きをもって円筒内を満たし、隣接するすべての情報端末はその機能を失ってしまった。何よりも大きなダメージとなったのは、DNAである。彼らは、自らが装備するVRの殆どが、 M.S.B.S.による制御を受け付けなくなってしまった事を知り、愕然とした(※2)。特に月面駐屯部隊の内、ムーンゲート近傍に進出していたVR戦隊は、深刻な被害を被っていた。配備していたVRはムーンゲートの覚醒に呼応するかのように自律的な行動を開始、最悪の場合、人間との戦闘行動に突入する状況さえ発生したのである。
この時点でDN社の完全倒産までのタイムリミットは26時間後に追り、傘下の組織であるDNAは、親会社に先んじて既に倒産目前だった。V.C.aO年は V.プロジェクト発動年であり、その販売キャンペーンの一環として、各地の限定戦争地域ではVRによる限定戦争が行われる手はずになっていた。だが、ムーンゲートの覚醒によって主戦カのVRが戦力面で既に無効化したDNAは、戦争遂行が不可能になってしまった。この結果、対戦相手の国家や組織からは契約不履行に基づく違約金の請求、損害賠償が殺到し、数秒毎に負債額の累計は加速度的に増加していた。
※1
O.M.G.終了後の調査では、DNAによる第4プラント侵攻が、ムーンゲート覚醒の間接的原因となった可能性を有する事が指摘されている。プラント内の遺跡最深部ではクリスタルが発見されて程なく、それは活性化してDNAの兵士達を壊滅させた。だが、同時に、桁外れの電子的絶叫とでも呼ぶぺき奇妙な波動を、虚空に向かって放っていることが観測されているのだ。波動の赴く先には明らかにムーンゲートがあり、直後に覚醒現象が起きているのだから、両者に何らかの関連があることはほぼ確実である。
※2
この当時、DNAの大部分のVRにはM.S.B.S.ver.2.58が装備されていた。一方、辛うじて自動防衛機構による侵食を免れた機体には、最新バージョンの2.66がインストールされていた。
■太陽砲
事件がこの程度の段階に留まっていれば、人々の態度もDN社の悲喜劇的自滅劇としてそれなりのものに収束するはずであった。しかしそうはならなかった。機を一にして複数の公共情報ネット上では、ムーンゲート覚醒に伴う太陽砲の起動予告についての一般告知がなされたのだ(※3)。この結果、地球圏は大パニックとなった(※4)。
「ムーンゲートは、いつとも知れぬ過去に何者かによって生み出された未知の構造物であり、巨大な円筒形をしている。V.C.84年にDN社によって発見されたが、その存在は現在に至るまで秘匿され続けてきた。なお、同様の構造物は月だけでなく太陽系の各所にまんべんなく配置されていることが確認されている。これら過去の遺物は長らくその活動を停止しており、休眠状態にあった。だが、本日未明、月におけるそれ〜つまりムーンゲートだが〜が覚醒状態に移行した。これに呼応して、今後1両日中に太陽系内のすべてのゲートが覚醒するはずである。そして、それらは連関して太陽に作用し、その全エネルギーを太陽系外へと射出するであろう。遺跡の創造主にとって、それが兵器としての用法をもっていたのがどうかは定かではない。しかし、想像を絶するエネルギーの放出を可能とするこの機構を、我々は敢えて太陽砲と呼ぶことにする。
ムーンゲートの覚醒は、同年も前にOverloadによって予言されていたらしい。勿論、ムーンゲートの覚醒が、最終的には太陽砲の起動を促すであろう事をも指掩されていたのである。しかし、DN社はその内容を黙殺し、公にすることはなかった。DN社はムーンゲートを構成する超越的化学技術の私物化を企みみ、これを隠蔽し、これを用いて兵器であるVRを開発した。彼らはVRを商品化し、ビジネスの道具として用いることによって更なる成長を意図した。だが、ムーンゲートの覚醒は、彼らをして風前の灯火へといたらしめた。彼らは、自らが引き起こしたこの危機的状況にどのような対応をしてくれるのであろうか。」
衝撃的な内容だった(※5)。だが、一時はパニック状態となった人々が、未だかつて無いレべルの大きなビジネスチャンスに巡り会ったことを自覚し始めた時、事態は動き始めた。最初にその兆候が現れたのは情報サービス産業で、告知があってからわずか数分後に、前例の無い活況を呈し始めた。これを皮切りに以後あらゆる産業が、久方ぶりに訪れた真実味のある終末的状況に刺激されて、著しく活性化した。
程なく、人々は太陽砲の存在や機能の真偽についてはさほど重要性を感じなくなっていた。彼らは「ドラマ」を求め始めたのである。「絶体絶命の状況に陥った人類が危機一髪で救われる。」…そんなシンプルな筋書きの分かりやすい(消費しやすい)ドラマを。人々は、このドラマの実現を巡っての駆け引きに躍起となり、これに翻弄された。数分毎に多くの企業が倒れ、同時にそれ以上の企業が勃興した。
ドラマ実現の役回りは否応なくDN社に課せられた。既に解体寸前でなんら身動きの取れなくなっていた瀕死の企業国家には、「太陽砲の発動阻止」といういわばリアルタイム・ドキュメンタリーへの「演出」を条件に、様々な救済契約の申し込みが殺到していた。ここで言う「ドキュメンタリー」のテーマは、もちろんオペレーション・ムーンゲート(以降、O.M.G.)、つまりムーンゲートの破壊作戦である。あまりにもリスキーな、そして失うものの多い強硬手段的ビジネスであったが、DN社最高幹部会に選択の余地は無く、彼らはこれを受けざるを得なかった。
■M.S.B.S.Ver.3.3
DNA が0.M.G.用に徹用した開発管理局管轄下のVRは、DNAのものと異なって様々な特殊設定が為されていた。特にM.S.B.S.に関しては、全機種ともver.3.2を装備していた。DNAは駕愕した。これら30数機のVRは、B.E.S.V.の制御下にあるビデオゲーム「バーチャロン」用の機体だったのである。彼らは、M.S.B.S.ver.3シリーズに基づく大規模な作戦行動など行ったことは無かったし(※9)、VRの遠隔制御そのものの信頼性を疑問視していた。そもそもこれらのVRは、その制御用のインターフェイスを地球上のアミューズメント施設に持っていた。つまり、DNAの兵士が0.M.G.を遂行するためには、ゲームセンターに足を運ばねばならなかったのだ!
これは、人類存亡の危機に際して直面するものとしては、あまりに好ましくない状況だった。実際に作戦に参加するVRのパイロット達は、この事実を知らされて猛然と講義、中には就労拒否する者も現れた。DNA上層部も困惑していた。とにかく時間が無かった。月面への降下に要する時間や手間を考えると、今から 30数機のVRのM.S.B.S.をver.2へ再インストールする余硲など無い。やむを得ず、自らの基地内にあるVRシミュレーター施設の回線をビデオゲーム「バーチャロン」へ接続し、ここからくだんのVRを制御しようと考えた。しかし、問題はすべてが解決したわけではなかった。「バーチャロン」は、5 段階のシミュレーション検定を通じて得られた結果をもとに、バーチャロン・ポジティブに関して水準値をクリアした適格者にのみVRの制御系を委ねるシステムを採用していた。
「かような状況でかような事実を申し上げなければならないのは非常に遺憾なのですが」
当時のB.E.S.V.管理官は複雑な面もちで最高幹部会に報告を行っている。
「ことバーチャロン・ポジティブのみに関して言えば、DNAの有能なパイロット諸兄よりも高い数値を持つ一般人は、星の数ほど存在するのです!」
つまり、このままでは0.M.G.に一般人が参戦してしまう可能性もある、ということだった。DNA上層部は苦悩の極に達した。今、付け焼き刃的にシステムを書き換えるわけにはいかない。中途半端な修正はバグ発生の遠因となり、かえって危険なのである。では、どうする?答えは最初から決まっていた。DNAのパイロットが、一般人よりも上手く「バーチャロン」をプレイする以外に解決策は無いのだ(※10)。
■バーチャロンの仕様
事態のあまりの皮肉な展開ぶりには、プラント開発管理局側も同情した。そこで「バーチャロン」には、よりDNAの兵士にとって有利になるように可能な限りの改修が施された。以下に、改修されたM.S.B.S.ver.3.3制御下に基づく「バーチャロン」の仕様を見ていく。
1:ゲームの前半は適性シミュレーションである
ゲーム「バーチャロン」では、その前半部分でプレイヤーの「バーチャロン・ポジティブ」に関して5段階検定が行われている。検定用に使われるシミュレーションは、それまで娯楽施投用に使われていたものから、より実戦色の強い内容のものに入れ替えられた(※11)。特色としては、対VR戦闘をメインとしている点である。これは、ムーンゲート突入時には、自動防衛機構制御下のVRとの戦闘が予想されたためである。
2:バーチャロン・ポジティブ評価画面
ゲーム中盤ではM.S.B.S.のシステム画面が表示きれる(※12)。バーチャロン・ポジティブの評価値が水準を上回った者は、ここで月軌道上のドック艦に待機するVRへと遠距離マインドシフト、戦場へと駆り出されていくことになる。この間、VRの戦闘モードは地上戦モードから宇宙戦モードへ切り替えられる(※13)。
3:0.M.G.への参戦
シミュレーション結果は一定時間プールされ、優秀なものから順番にVRの操縦が委ねられる。つまりは実戦である。被験者は、ムーンゲート内のV.クリスタルを破壊すべく、O.M.G.に参加するのだ。参戦する全VRは、月周回軌道上の専用ドックに待機している。被験者は、この待機機体に長距離マインドシフトされて戦場に臨むことになる(※14)。
4:0.M.G.におけるVR突入部隊のルート
これより実戦である。パイロットは、月周回軌道上の専用ドックに待機しているVRに長距離マインドシフトされ戦場に臨むことになる。突入ルートは下図のようなものになる。
V.クリスタルを巡る物語は、いま、まさに始まったばかりである。人々は、それまで安寧と思われた自らの生活圏が、実はムーンゲートを筆頭とする不可解な存在に取り巻かれた不安定な世界であることに気づいてしまった。V.C.a0年代、時代は漠然とした危険要素をはらみつつ、幕を明けることになる。
■DNA対RNAという対立構図
RNAとは何者なのか?誰が出資しているのか?どのようにしてVRを入手したのか?RNAに関する謎は多い。その出現以来、彼らは各所に様々な波紋を投げかけてきたが、特に第8プラント「フレッシュ・リフォー」(以後FR−08)の受けた衝撃にはただならぬものがあった。
FR−08はDN社が力の源としていた9つの巨大プラントの一つで、南極に根拠地をおく地球圏最大規模のプラントだった。9つのプラントの中で、いち早く地球圏に覇を唱えたのが第8プラントである。
当初の彼らは、統制力を失ったDN社最高幹部会に替わって企業国家としての組織力を再生する事に全力を傾注し、DN社傘下だった各企業体を再度まとめ上げるべく精力的に活動。その結果、わずか1年あまりでばらけた系列機構の75%を復旧させ、かつてDN社として機能していた巨大な経済的支配力をほぼ手中に収める事に成功したのだ。
だが、彼らはVRの開発に対しては特に関心を抱いていなかった。
覚醒した月面遺跡「ムーンゲート」は閉鎖され、VR関連のビジネスを主業務としていた部署の多くは解散、ないしは売却処分の憂き目にあった。※1に書いたように、現時点では不良在庫でしかないVRの開発をあっさり切り捨てたのだ。
VRの生産には、ムーンゲートのみで産出されるV-クリスタル質※4が必要不可欠である。もし閉鎖中のムーンゲートからV-クリスタル質を持ち出すような大規模な造反を行うとしたら、相応の組織的基盤が必要となる。しかしFR−08は事前にそのような組織の存在を把む事が出来なかったのである。
彼らは自らの沽券にかけて、造反の可能性及びその首謀者を突き止めるべく大規模な捜査活動に着手する一方、RNAの実態を見極めるため、弱体化したDNAに対する軍事援助を行う事を決定した。ここに、DNA対RNAという対立の構図が完成し、以降、未曾有の大戦役オラトリオ・タングラムへと連なる数々の紛争が地球圏全域において頻発する事になる。
■謎の組織RNAとタングラム
V.C.a2 年中葉。RNAがフェイ-イェン・タイプのVRを所持していることが明るみに出た。さらに70基ものV-コンバータが密かに売却されていたことが判明。「タングラム」なるものを探していることを隠そうともしないRNA。そして第8プラントフレッシュ・リフォーの疑惑の行動…
すべての謎は「タングラム」へと繋がっていく…
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■「タングラムを知っているか?」
RNAとの幾多の戦闘を経る内に、DNAはRNA側にある種の一貫した姿勢があることを知った。「彼らは、何かを探しているような素振りを隠そうともしなかった。」RNA との戦闘を数次に亘ってくぐり抜けてきたDNAの一将校は、こう述懐した。特に、戦闘中に捕らえられ、なにがしかの尋問を強いられた後に釈放されたDNA 側の人間は、囚われの間、何度も同じ質問が繰り返されたことを証言した。彼らは一様に、こう問われたのである。「汝、タングラムを知るや、否や?」と(※1)。
もちろん、殆どの人々〜おそらく、すべての兵士たちといっても過言ではない〜が、その質問の意味するところを理解できなかったし、満足な返答をすることもできなかった。DNAの上層部にとってもRNAによる問いかけの真意は謎だった。
■V-クリスタルの真実
V.C.9a年、DN社が極秘裏に行った特殊作戦(※1)によって、V-クリスタルは月面遺跡ムーンゲートにのみ存在する唯一無二のものではない事が明らかになった(※2)。C.I.S.(※3)と呼ばれる特殊空間には様々な特性を持つV-クリスタルが遍在していたのだ。
この発見に基づき、実空間においてもムーンゲート以外の場所で実体化している結晶体が存在する事が推測され、O.M.G.後の調査によって実証された。第4プラント「TSCドランメン(TSC)」の中心施設である南米地区の遺跡構築物内に、ムーンゲートのものとは特性の異なる結晶体が半活性状態で保存されている事が判明したのだ。
以後、人々はムーンゲートのV-クリスタルをムーン・クリスタル、TSC遺跡内のそれをアース・クリスタルと区別して呼称するようになった。
■「私は還ってきた」〜アンベルⅣの帰還〜
「私は還ってきた」
V.C.a4年、突如として第4プラント「TSCドランメン(TSC)」に姿を現したアンベルⅣ(※1)は、高らかにこう宣言した。かつてDN社にあってV-プロジェクトの遂行に辣腕を振るい、そして突然失踪したこのオーバーロード(※2)の帰還は、特に旧DN社関係者に対して大きな衝撃を与えた。
「O.M.G.(※3)は茶番であった。
不覚をとり、無間の憎悪が渦巻く異空間へと転送された私は、遠い永劫の彼方、人間の魂を奥底に眠る狂気の源をくぐり抜けることによって帰還を果たした。
小賢しくも私を陥れたトリストラム・リフォーは既に亡く、私の意志の実現を阻むものは最早存在し得ない。
フレッシュ・リフォーよ。
束の間の繁栄に酔いしれ、慢心する無知なる者共よ。
盟主無き今、汝らに拠り所はなく、私の要求に身を委ねる以外に選択の余地はない」
だが、FR-08はしぶとかった。彼らはアンベルⅣさえもが予見し得なかった切り札を密かに用意し、まさに最後の土壇場のタイミングで、鮮やかにこれを使って見せた。すなわち、彼らは自らの新しい盟主として、若干15歳の少女、リリン・プラジナーを第9プラントから招聘したのである。盟主トリストラム・リフォー亡き後のFR-08では、0プラント派放逐という単一目的によってそれまで結束していた主流派は、後継者問題で壮絶な内輪もめを始めていた。しかし、アンベルⅣの帰還という事態に直面した時、彼らが自らの存続のために大いなる妥協と打算による再結束を必要として、新しい指導者を外部に求めたのはある意味必然だった。
■リリン・プラジナーの擁立
彼女の出自に関して多くを知る者は皆無だった。その姓を受け継ぐプラジナー博士は、V.C.90年代にその消息を絶っていた。その後、なにがしかの形でトリストラム・リフォーが、このプラジナー博士(※5)の忘れ形見を引き取り、第9プラント内で密かに養育していたということは確かなようであるが、リフォーその人も既に他界していたのである。
彼女の天才は、おそらく父親譲りであった。それを見込んだリフォーは、彼女に第9プラントの設営を託した(※6)。期待に答え、彼女は第9プラントを、そしてタングラムを構築した。当初、FR-08内にあって0プラント派は、そんな彼女を歓迎し、自らの派閥内に引き込もうとしたが、彼女はこれを拒否した。だからといって、彼女は主流派に媚びるような姿勢も見せなかった。彼女は第9プラントを派閥争いの駒となることを避け、中立を保ってきたのだった。
リフォーの秘蔵っ子ともいえるリリン・プラジナーには第9プラント設営の実績もあり、建前から言ってもFR-08の新しい盟主として擁立せんとする意向は、最善の選択と言って差し支えないものではあった。だが、彼女を推した人々の思惑は様々であった。彼女の幼さにつけこみ、FR-08陣営の実権を握ろうと画策する者。あるいは、TSC陣営に寝返ろうとする者。彼女の経験不足による失策を待って、擁立支持派を糾弾しようと虎視眈々と機会を狙う者。第9プラントの謎を暴き出そうとする者、等々。だが、大方の予想を裏切って、リリン・プラジナーは為政者として有能であった。彼女は自ら動いて腹心の部下を周囲に集める一方で、迅速に危険分子を排除、または宥和して組織の結束を強化、効率を改善させた。対外的には子飼いの第7プラント「リファレンス・ポイント(RP-07)」はもちろん(※7)、離反が危惧された第1プラント「ダンシング・アンダー(DU-01)」及び第3プラント「ムーニー・バレー(MV-03)」を自陣営につなぎ止め、TSC陣営に対抗しうるアライアンスの構築に努めた。程なくして彼女の努力は功を奏し、その号令のもと抜本的組織改変を行ったDNAは、V.C.a4年後半に起きたRNAとの会戦(※8)で圧倒的勝利をかち取り、その組織的強靭性を強くアピールする。同時にこれは、プラジナーの政治手腕の高さを実証する出来事でもあった。
■時空因果律制御機構
第8プラント「フレッシュ・リフォー(FR-08)」の若き盟主リリン・プラジナーは、今や眼前に立ちはだかる最大の敵となったTSC陣営の総帥アンベルIVに、こう問いかけた。
「やんごとなきオーバーロードにして傲慢なるアンベル。あなたの望みは、なに?」
答えは単純明快だった。
「汝の有する時空因果律制御機構、すなわちタングラムを解放せよ。」
筆者注※「時空因果律制御機構」と「地球環境制御機構」という異なる2つは、似ている気もしないでもない。
の答弁は謎めいていた。
「タングラムは、既にこの世界には存在しません。あの子は未だ幼く、あまりにも傷つきやすい。自らが持つ力に怯え、自らが引き起こした事態を憂い、自らの殻の中に閉じこもってしまいました。遠く電脳虚数空間の彼方へと逃れていったあの子の行方を追うことは、今の我々には事実上不可能です。」
この発言は、事態の核心にを明らかにするどころか、より一層の大きな疑問を人々の心の中に生じさせた。
■O.M.G.の真実
時空因果律制御機構タングラムは、表向き、いつ覚醒暴走するともしれないV-クリスタルの活性状態をコントロールしうる究極の制御システムとして開発された。この計画は即時承認され、アンベルIVは、その実行を盟友トリストラム・リフォーに託した。リフォーはDN社最高幹部会からタングラム開発の真の目的を隠蔽するために、第9プラントに設営に際しては全額出資、そのイニシアチブを掌握した。そして、タングラムそのものの運営は、当時10歳にも満たない少女に委ねられた。リリン・プラジナーである。
後世、二重プロジェクトとも呼ばれたV-プロジェクトは、当初アンベルIVとリフォーの緊密な協力体制によって順調に進んでいた。しかし、二人の蜜月状態は長続きすることなく、ある時期を境にして急速に悪化していく。一連の複雑怪奇な政治的暗躍を経た後、V.C.9f年からa0年の狭間、アンベルIVは謎の失踪をする(※3)。そしてこの間、確実に一回、タングラムが起動したのである。
タングラムの起動が何者の手によるものなのか、現時点では明らかになっていないが、この時から世界は混乱の渦に巻き込まれていくのである。未完成状態だったタングラムは、無謀なセッティング変更による強引な起動を強いられ、平行宇宙のへの接続は非常に不安定かつ危険なレベルで行なわれた。その結果、タングラムは機能不全を起し、接続されていたDN社のネットワーク中枢には複数の平行宇宙の情報が怒濤のように流れこみ、自己矛盾をを生じてあえなく崩壊した。DN社内は大混乱に陥り、特にV-プロジェクトに関わる9つのプラントがすべてアンベルIV名義で売却されるという不可解な事態が発生した。この時、DN社内の混乱を隠蔽するために、リフォーは最高幹部会を説得、覚醒した月面遺跡の破壊を標榜とした一大軍事行動である「オペレーション・ムーンゲート (O.M.G.)」を開催、人々の注意をそちらに引きつけつつ、危険な除臨界状態にあったタングラムに蓄積された余剰エネルギーをムーンゲートを介して放出させる、という離れ業を敢行した。
つまり、覚醒したムーンゲートの本質や、声高に叫ばれた太陽砲の危険性、はてはムーンゲート破壊の必要性、これはすべて、偽りの情報操作によって実体化した茶番とも言える虚構だったのである。確かにO.M.G.によってDN社は目先の危機を切り抜けることはできた。しかし、タングラムの強引な起動は、様々なレベルで現実世界の事象を歪曲させてしまった(※4)。結果、それまで磐石と思われていたDN社の地球圏支配体制は脆くも瓦解、人々が予想もしなかったような混迷状態が現出したのである。
※3
V.C.9f年、アンベルIVは突然失踪した。これと相前後して、V-プロジェクトの根幹をなす9つのプラントの一斉売却が行なわれ、DN社内はパニック状態に陥った。当初、これはアンベルIVの手によるものと考えられていたが、事実関係の検証と確認はV.C.a4年の時点になっても遅々として進んでいなかった。
※4
RNAの勃興の遠因も、タングラム起動によるものと考えられている。
■タングラムの行方
リリン・プラジナーは、O.M.G.の顛末を深刻に受け止めていた。タングラムは、彼女が人智の限りを尽くして構築した究極のシステムではあったが、「使われ」てはいけないものだ。しかも、未だに完成はほど遠い。今、先見性無き独善によって利用されれば、世界はかえって混迷の度合いを深くする。事態を憂慮したプラジナーは、決断する。タングラムに自我を与え、自らの意思で行動することを促したのだ。
「タングラムは、もはや我々の意思で制御することはできません。」
V.C.a0年、タングラムの再起動を要請してきたFR-08の総帥トリストラム・リフォーに対して、少女は決然として言い放った。
「あの子は単なる道具ではなく、純粋な巨大意思です。でも、まだまだ幼く、脆い。自らが持つ力に怯え、自らが起した事態を憂い、遠く電脳虚数空間の彼方へと旅だってしまった。今、あの子の行方を追うことは、我々には不可能です。」
つまり、プラジナーは、タングラム逃亡の手引きをしたのである。リフォーは激怒し、少女を第9プラントに軟禁した(※5)。だが、彼は割り切りも早かった。DN社になりかわっていち早く地球圏を掌握した彼は、変成した世界構造をうまく利用することで、最大限の利益を得ようと企んだ。自らに仇なす存在であったRNAさえも利用しようとした彼は(※6)、だがしかし、その後何者かによって暗殺されてしまう。
※5
この間、タングラム消失の事実は隠蔽された。
※6
当時、トリストラム・リフォーを中心とするFR-08内の主流派は、RNAの存在を是認する立場をとっていた。彼らは国際戦争公司と談合して「DNAvs.RNA」という対立構造を演出することによって限定戦争市場を活性化させ、そこから巨利を得ようと考えていたため、DNAを「勝てる組織」へと改善する抜本的な改革を望んでいなかった。
■ブラットスの束縛
リフォー亡き後、状況の混迷に歯止めをかけられなくなったFR-08上層部は、新たなる盟主としてリリン・プラジナーを擁立した。彼女は稀に見る政治的手腕を発揮して、アンベルIVが擁する勢力に拮抗しうる体制を確立した。彼女の敵が、それまでFR-08内部でも極秘扱いされてきたタングラムの存在を暴露したときも、毅然とした態度を貫いた。
「今、ここではっきり言わせてもらうわ、アンベル。タングラムは、あなたの玩具ではありません。あなたの運命は、あなた自身によるもの。それをタングラムに背負わせようと言うのは、虫が良すぎる話だわ。」
15歳の少女は、自らが待ち望んでやまなかった重大な瞬間がやってきたことを自覚していた。
「どうしてもタングラムを現出させたいのならば」彼女は言い放った。「アンベル、あなたはアース・クリスタルをブラットスの束縛から解き放たねばなりません。」
時空因果律制御機構[タングラム]
アンベルIVとトリストラム・リフォーの談合によって、V-プロジェクトの真の目的として開発された究極システム。V-クリスタルの機能である事象転送機能を制御・増幅して、ターゲットとなる事象を調律することができる。つまり、端的に言えば、ある人の運命を望むがままに変更することが可能なのである。かつて非公式な席上で、アンベルIVはタングラムの重要性について以下のような発言を行なった。
「無限に存在する平行宇宙の中、タングラムのみが一つの結節点として唯一無二の存在である。彼(彼女)は、運命を紡ぎ出す。彼女(彼)を得る者は、その運命を手中にする者であり、それは世界を手中にするものである。」
ただし、実際にタングラムを扱うのは容易なことではない。O.M.G.前後の地球圏を襲った混乱も、未完成だった本システム無理矢理起動したことが原因であると考えられている。
タングラムの設営はV.C.90年から開始され、責任者にはプラジナー博士(※7) の忘れ形見であるリリン・プラジナーが任命されていた。彼女は本システムの濫用を恐れ、O.M.G.直後に自我を与えて電脳虚数空間(C.I.S.)へと逃走させた。C.I.S.滞留時には、クラスター・シェルに(素材不明)よってシステム全体が覆われており、本体形状等、すべての仕様はV.C.a4時点でもまったくの不明である。
■オラトリオ・タングラムの開闢
「もし、あなた方がタングラムを活用しようと願うならば」
オラトリオ・タングラムの開闢を宣言する際、リリン・プラジナーはこう語った。
「ブラットスを破壊し、その活性化エネルギーをもってVRがC.I.S.に留まることのできる80秒間にタングラムと対峙し、それぞれの真実に、それぞれの困果に則ってタングラムへの対処を決定しなくてはならない。あなた方がこれを、あなた方自身にとっての最大のチャンスと思うのであれば、私はそのチャンスを切り開くための援助を惜しまないでしょう。」
錯綜する状況の中、リリン・プラジナーは決断を迫られていた。アンべルIVの先制攻撃によって、タングラムの存在はあまねく知られるようになり、その公開を迫る声は全世界的に広まった。彼女はTSCに対する牽制としてブラットスの存在を暴露したが、それによって事態が丸く収まるかと言えば、決してそうはならなかった。結局、タングラムにしてもブラットスにしても、既に単体では有効に機能し得ずFR-08とTSC双方の切り札としては無用の長物と化していることが判明しただけなのである。タングラムは自らの意志を持って電脳虚数空間(C.I.S.)に潜伏していたし、ブラットスはTSCが腹に抱える時限爆弾のようなものだった。
タングラムが消失した先のC.I.S.にまがりなりにも突入できるのは、M.S.B.S.ver.5によって稼動するVR以外にない。そのVRでさえ、V-クリスタルの活性化エネルギーによって開かれた特異点(※6)以外からC.I.S.に進入することはかなわず、現時点でそれだけの活性化を期待できるのはアース・クリスタル以外にはない(※7)。だが、アース・クリスタルの活性化エネルギーを引き出すためには、結晶体をブラットスの束縛から解放する必要がある。さらに、ブラットスの解放が成り、 VRがC.I.S.に進入できたとしても、現状のテクノロジーではわずか80秒間、そこに留まることができるにすぎない。
リリン・プラジナーは、人々にタングラムの使用権という特典とブラットスの解放というリスクを両天秤にかけさせた。そして、使用権を勝ち取りたいならば、 FR-08と国際戦争公司が主催する一大戦役であるオラトリオ・タングラムに参戦してブラットスを破壊せよ、と促したのである。勝者は自らの運命の行く末を見定めることが出来る。運営者であるFR-08と国際戦争公司は限定戦争による収益を独占しつつ、対抗組織であるTSC陣宮の目論見を、そしてブラットスを無効化できる可能性がある。だがそれは、大きなリスクをはらんでいた。TSC陣宮がこの賭に乗り、そして体よくタングラムと邂逅して運命を自らの望む方向性に切り賛えることができれば、それは胴元であるFR-08と国際戦争公司の負けになるのだ。勝率は、誰にも計算できない。タングラムの意志は誰にも推し量ることはできないからだ。
この、プラジナーによる危険な賭の提案は、だがしかし、多くの人々の歓迎を受けた。人々は、それぞれの思惑や欲望、希望、そして打算に従い、自らの意志を代行しうるVR部隊のスポンサーを買って出た。二ーズにこたえて急造されるVR部隊も多く、それらはオラトリオ・タングラム開闢までには、おおむねDNA陣営とRNA陣営にそれぞれ組み込まれ、臨戦態勢を整えた。そしてV.C.a4年末。ついに未曾有の大戦役、オラトリオ・タングラムの幕は上がったのである。
※6
特異点は、第5プラント「デッドリー・ダッドリー」の巨大サテライト・プラント近傍に存在していた。
※7
ムーンゲート遺跡にあるムーン・クリスタルは、V.C.a0年のO.M.G.以降、その活性レベルを著しく低下させていた。
幻像結晶拘束体[ブラットス]
第4プラント「TSCドランメン(TSC)」が秘かに開発していたアース・クリスタルの拘束システム。当初、アース・クリスタルとムーン・クリスタルの交感作用による増幅現象を防ぎ、ひいてはタングラムの不用意な起動をも防ごうという意図の元、計画が進行していた。しかし、アース・クリスタルの活性現象を人為的にブロックしようとする試みは極めて困難だった。発見当初から、アース・クリスタルの精神干渉作用は非常に危険なレべルにあり、遺跡の封印エリア内に人々が立ち入ることを許さなかったためである。
このためTSCは8つの人工V-クリスタルを製作、各々にバーチャロン・ポジティブ値の高い適性者の精神を封じ込めてアース・クリスタルの周囲に配置した。封印された8つの魂が展開した結界によってアース・クリスタルの精神干渉作用は遮断され、 TSCはようやく自らの目的を完遂する糸口を掴むことができた。彼らは、8つの人工V-クリスタルを制御するために、8つのV-コンバータを組み込んだ構造体(※8)を築いてアース・クリスタルの周囲を覆い、これを封印した。後にブラットスと呼ばれるようになるのは、この構造体のことである。
ブラットスの開発は、TSCにとってあくまで苦肉の策であった。アース・クリスタルの拘束システムをこのような形態に収束させることはそもそも本意ではなく、当然の結果として、様々な悪影響が出始めるようになった。特に、むりやり封印された8人の魂は後々まで彼らにとって災いを成す存在となった。解放を求めて怨嗟の精神的雄叫びをあげる8つのV-クリスタルは、アース・クリスタルと連動して周辺区域で作業する人間の精神を侵食し始めたのである。やがてクリスタル・エリアは、かつて発見された当時とは似ても似つかぬ様相に変貌してしまった。さらにはブラットス自体も危険な攻撃構造体へと自己進化し、余人の接近、接触を拒絶するようになった。
TSCはブラットスを無効化し、人工V-クリスタルを解体すべく様々な試みを実行してきたが、現時点に至るまで確とした効果を上げてはいない。
筆者注※そもそも、リリン・プラジナーがタングラムを開発しなければ、OMGの混乱と悲劇は無かったのであるし、ブラットスの破壊を促して、オラトリオタングラムという名の長きにわたる世界的紛争を開闢させてしまったのもまた彼女の言動による。ここで我々は、「彼女は現実的な商人でもあった」という言葉を思い出さなければならない。DNAの盟主である彼女は、自身の引き起こした紛争によって莫大な利益を得ている。また、VRパイロットは基本的人権を剥奪される仕組みになっている。さらに、世界最強のVRを擁する白虹騎士団によって身辺が守られている。彼女を悪魔と言わずして何と呼べばいいのか。筆者にはアンベルⅣとリリン・プラジナーが裏では結託してビジネスを進めていたように思われる。
■ビッグ・チャンス
かような時代にあって、限定戦争に兵士として参加する者には、莫大な富と社会的地位(ステイタス)を我がものにするチャンスがあった電脳暦の社会はある意味緻密な階級社会だったから、人々が己の出自をリセットして新たな可能性を得るために戦場の勝者となるのは、手っ取り早い手段の一つだったのだ(もちろん、死という大きなリスクがともなうわけだが)。
限定戦争という枠組みの中で兵士を志す場合、人々はDNAやRNAといった軍事組織と契約する。その際、彼らは社会的に「死亡」することが求められた。すなわち、既得権はおろか、一般社会で生得の権利として認められている基本的人権さえも放棄しなければならないのである。そうやっていったん強制的に世間から抹殺された後、戦場という黄泉の世界から生還して社会に復帰、再生した者のみが大きな賞賛を勝ち得ることができるのだった。
■人を捨てて
兵士となった時点から、人は自らを庇護する後ろ盾を失い、いつ死んでも、殺されても文句の言えないただの生き物に成り下がる(※2)。そして、戦場で戦歴を積み上げることによって自らの価値を高めていく。つまり、「兵士」という名の有価証券と化すのである。その後、契約期間の終了等の頃合いを見計らって、希望する企業国家等の組織に自らを売り込む。商談が成立すれば、積み上げてきた自己価値と引き替えに当該の組織に所属する諸々の権利を買い、余剰金の払い戻しを受けて社会に復帰することができた。
筆者注※リリンとアンベルの共謀、DN社や各プラント群によるお膳立て、消費者による容認と煽り。この3つが物語の核となっていると思われる。たまたま遺跡が見つからなかったらこの紛争の物語は発生していない。ここからは私の予測になるが、リリン・プラジナーは戦争責任を問われて暗殺か処刑される時が来るだろう。そのタイミングは、消費者がオラトリオ・タングラム以降の紛争に飽きた時である。その時が来れば、限定戦争の株も落ち、結果、必然的にDN社や第8プラントも失墜、リリンは政治的権力を失い、スーパースターがよく転げ落ちるような目に遭う事になるだろう。もしくは、本人がその事をわかっていないはずがない。リリンもアンベルもどこかに雲隠れしてしまうだろう。もっとも、リリンもアンベルも、人格的にぶっ飛んでいるため、よもやCISに突入するなどして2度と帰ってこない可能性がある。タングラムについては、リリンには過去に自分をえさにして戦争を起こされて、破壊されたりしているため、今さらリリンになつくとは思えない。Marzのエンディングではタングラムが解放されるが、タングラムが解放された後の世界がどうなっているのかは、Marzでは一切記述が無い。解放されたタングラムは、プレイヤーにむかって「あなたによりそいたい」と言いながら「人生、運命を愛してください」と矛盾した事を言っている。正直、タングラムが積極的に本筋に絡んでくるような事があったら、物語は完全に破綻してしまうだろう。タングラムとは元来そういう存在なのだ。よって、続編を作る事は設定的には非常に困難なものと思われる。10周年記念全国大会の後、さっぱり音沙汰がないのは、事実上この紛争劇が終わった事を意味しているのかもしれない。その事を暗示するかのように、Marzは、戦争犯罪に武力介入する公安組織の話だった。オラトリオタングラム、火星戦線のせいで、Marzは人々の欲の赴くままにめちゃめちゃになってしまった地球圏を引き締めるための組織であり、これをリリン・プラジナーが擁している。言わば自分が派手にやってしまった事(ぐちゃぐちゃの紛争劇)の後始末のための公安部隊である。もし公安に戦争が沈められるなら苦労は無いというもので、そういった事情を反映して必然的に、Marzのエンディングもよくわからないものとなってしまっている。人々がVクリスタルをもてあそんでいる以上、太陽砲はいつ起動してもおかしくないわけだから、太陽砲の発射によって地球圏一掃で幕を閉じてもおかしくない。もしくは、アジムやゲランなどが大量に押し寄せてもっとむちゃくちゃな状態になるかだが、これはMarzで既に見られた現象である。何はともあれ、ダイモンや超古代人の悪意によって地球はめちゃめちゃにされるという事なのだろう。リリンやアンベルは、ある意味ではその忠実な手先にすぎなかったわけだ。
と、このように複雑で収拾のつかないシナリオであるので、もし次回作が出たとしてもすっきりしたものにはならなさそうと思える。もし、Marzのような「後始末劇」ではなくて、すっきりした新ストーリーでというのであれば、別の平行宇宙の話に切り替えてしまうなどの思い切った事をしなければ、この足を泥に突っ込んだような世界観からは抜け出せないだろう。この状態で次回作を作っても、Marzがもっとドロドロしたものになるだけのような気がする。結局、バーチャロンワークスにはタングラムという切り札がある。もしタングラムが、「この宇宙は嫌な事ばかりあったから、この宇宙をすげ替えてしまえ」としたら、例えばリリンやアンベルの居ない世界へスピンアウトする事さえ可能なのだ。ただ、タングラムが自由意志で未来を決定するとしたら、少なくともバーチャロイドの存在していない宇宙を望みそうである。その場合、ゲームとしてのバーチャロンは終了する。
なお、リリンが「あの子はまだ幼く、自分の引き起こした事態を憂い、CISに旅だってしまった」というのはリリンのついた嘘である可能性があると思う。オラトリオタングラムのために、事前にタングラムを無理矢理CISへ転送する事もできたはずである。
なお、 Wikipediaによればリリンという名前はやはり悪魔の名前である。リリンもまた、アンベルのように「(ダイモンなどの)触媒としての行いを全う」するためのインターフェイス役にすぎないのかもしれない。
Wikipedia リリン
リリン(לִילִין, Lîlîn)は、ユダヤ教における悪魔の一種。ヘブライ語リリスの複数形。[1]
もし、あなたがバーチャロンをプレイする前に、
「これは、悪霊と悪魔が巻き起こす世界紛争の話で、君はその紛争にロボットで参加するのだよ。その前に、君の人権はみぐるみ剥奪されて兵士という名の有価証券になっちゃうけどいいよね?ちなみにバーチャロンというのはクリスタルに精神をもてあそばれる恐ろしい現象の事だよ。」
と言ったら、気分よくプレイできるわけがない。だかしかし、公式設定上、これがバーチャロンの真実であると言われてもおかしくない。これが、言わばバーチャロンの真実である。真実の壁(たまと読む、タングラムを暗示しているのだろう)というガイドブックが出ていたが、結局、悪意で始めた戦争物語にハッピーエンドなどあるわけがない。驚くべき事に、バーチャロンの設定中には、救いたいと思わせる好印象の人物が一人として登場しないのだ。設定中にあるのは、簡潔に言えば複雑な政治経済事情と底知れぬ不気味な悪意だけである。こういう設定を出しておいて、ビジュアルやゲーム面だけで評価されたが、設定がバッシングを受けなかったのが不思議なくらいだ。
また、某BBSでは、ゲームセンターのオラトリオタングラムで「半気違い状態になっているプレイヤー」が居て怖くてプレイできなかったという書き込みも見受けられた。この設定ならば無理もない。バーチャロンをプレイすると、ある確率でバーチャロン現象が起こる・・という可能性は否定できない。これではまるで「女神転生」の悪魔召還プログラムのようではないか。
また、登場ロボットが全てHMD(ヘッドマウントディスプレイ)らしきものを装着しているというのは、「ゲーム内のキャラクターさえvirtual onを見ている」というメッセージであろう。また、virtual onという言葉を素直に英訳すると、「事実上」という意味になるのは前回指摘した通りだ。身近な言語である英語の中にも、トラップは仕掛けられている。